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コメント: 15 (ディスカッションは終了しました。)
  • #15

    前田あけみ (土曜日, 27 2月 2016 20:20)

    2016.2.20(土)14:00~西南図書館での弦楽四重奏のコンサート、盛況の中終了致しました。当日は雨雨雨・・・、にも関わらず57名の方々に春のコンサートを満喫していただけました!暮らしのサポートライフケア・小規模デイサービスサーブSKY・不二家石橋店様の協賛を得られましたのも参加動員につながりました。本当にありがとうございました。今回は行けないけど・・・、とご寄付してくださったり、生活クラブ生協の共済事業から頂いている毎月の活動費、今回のコンサートへ一部使わせていただきました。そんな協力金があってこそ、ワンコインでコンサートができました。本当に感謝感謝です。
    ≪参加者様の声≫
    ☆バイオリンをこんなに近くで生で聞けたなんて、何十年ぶりだろう!(90歳の男性…小さいころ母親からピアノを習ったですって!)
    ☆よく聞こえたよ!ありがとう!よかったよかった。(94歳の男性…耳が聞こえにくい、一番前の席で。高齢者住宅にお住まい、いつもクラシック音楽を聴いている)
    ☆感謝やね、こうやってこの会場に来れて、こんないい音楽に出会えて。(クリスチャンなので誕生日献金といって毎年ご寄付下さる80代後半の女性。)
    ☆「カバレリア・ルスティカーナ」なんて久しぶりに聞いたよ!懐かしいなあ。三浦環がうちの女学校に来たんよ!とか(女学校!70年以上も前)、何回も何回も「カバレリア・ルスティカーナ」と。(短期記憶は・・・、昔のことはよく覚えている92歳の女性)
    ☆お便りから…コンサートは夜が多いので、昼はよかった!楽器を並べての説明や、ソリストの皆さんは暖かい笑顔でしたし、ポピュラーな選曲も良かった!(久しぶりに歌いましたと80代前半の女性)

  • #14

    前田あけみ (日曜日, 24 1月 2016 22:16)

    昨年の12月6日千里ペインクリニックにて開催されたクリスマスコンサート、入院中のM子さんと一緒に参加させていただきました。メンバーの福本さんに頂いたメールアドレスに送った私のファンレターです。
    ☆☆☆
    福本秀子様(第2バイオリンとトークを担当)
    昨日のコンサート、ありがとうございました。
    弦楽四重奏をこんなに気軽に(失礼)楽しめたなんて、本当にラッキーでした。
    当方、お年寄りや体、心の病を抱えておられる方々の介護や生活サポートが仕事です。勿論やりがいがある仕事なのですが、毎日が一杯一杯で心身が悲鳴をあげている時があります。そんな時にこんなコンサートに出会う。ロンドンデリーの曲では涙が流れそうになりました(実際泣いていました)。大好きな曲です。「アメリカ」(ドヴォルザーク)、よかった、もう一度聞きたい!
    あっと言う間の至福の時間、選曲も腕も(本当に失礼!)、トークも素敵でした。
    日頃のレッスンは大変なこと。でも今回のペインクリニックの患者さん達もきっとこのひとときは痛みや病から解放されたのでは。またいい時間を与えて下さいませ。
    予定のコンサート等ありましたらお知らせ下さい。また是非聞きたいと思っております。
    小川様、菅様、藤原様にもありがとうございましたとお伝え下さい。
    前田あけみ
    ☆☆☆
    M子さんは「私はトルコ行進曲しかわからなかったわ」と。でもいい時間でした。こんな時間をまた作りたいと福本さんにお願いしました。メンバーは違うそうですが、箕面市の西南図書館で2月20日(土)14:00~弦楽四重奏のコンサートを開催することとなりました。ワンコインコンサートです。是非たくさんの皆様に楽しんでいただけたらと思います。

  • #13

    前田あけみ (金曜日, 01 1月 2016 23:33)

     2016年 明けましておめでとうございます。大晦日から高齢者住宅の夜勤。1月1日は高齢者住宅の皆様(5名)と白みその雑煮を祝った。小さな住宅だから、夜勤者が朝食を作る。昨夜からだしを取り、雑煮大根・金時人参を煮る、菊菜を湯がく、等下ごしらえ。たいしたおせちではないけど、それなりに盛り付け。雑煮はおいしいと、豚もおだてりゃ木に登るー。リビングから日の出が見える。今年もいい年でありますように、パン、パン!
     夜勤が終わり、日勤者に引き継ぐ(9:00)。すぐ箕面へ、それも池田に近いお宅へ急行。M代さん90歳、独居。昨年10月に一人息子を亡くされ、正月は一人なので(近所に長男の嫁がいるが協力は望めないらしい)、せめて温かいものを作って一緒に食べてほしいとケアマネさんからの依頼。「嫁は関東だから、私の作る白みその雑煮を毎年息子は楽しみにしていたの」ガスは止められている(ふらつくから危ないのでガスは止めてあるとM代さんは言う)ので、ケアマネさんが電気釜を用意してくれていた。お湯をたっぷり沸かし、先ずは白湯をコップに注ぎ、後レトルトの白みそ雑煮(上等の!)を湯煎する。その間おもちを焼く。ミニの煮しめセットも買ってある(すべてケアマネさん)。湯煎のお湯で手を洗ってもらい、一緒に雑煮を祝う。煮しめも雑煮も先ずは仏さんにお供えしてから。「おいしい、白みそが一番。おいしいねえ」連発しながら、よく話もされ、おいしそうに食べられた。「旦那さんに悪いから早く帰ってあげて」ドアからいつまでも送ってくださった。
    11時帰宅、夜勤に出る前に作っておいた雑煮を夫と一緒に祝う、今日3杯目。
    こんなんで今年もよろしく。

  • #12

    前田あけみ (日曜日, 08 11月 2015 23:46)

     体調は戻りました。お酒も少々いただいております。
     私の体調が戻ったら、=夫がガンになりまして…=
    「二人に一人はガン患者だから…」と夫はうそぶいておりますが。町医者、市立病院で検査・診察、結果高槻の大阪医科大学病院を選択。10/19に大阪医科大学病院受診(車だと30分弱で行けるし、交通機関を利用しても意外と近い)。12/8入院で翌日手術と日程も決まった(1か月、本人にしたら長い待ち時間だ)。子ども達にも自分から連絡を入れている。
     日頃の私は毎朝8:30頃家を出て、帰宅はだいたい夜の9時。一緒に食事をするのは夜だけ、それも毎回9時を過ぎる。こんな生活で、「そんなに働かなくても…、好きこそーやなあ、体には気を付けてー」と半ばあきれた感の夫。朝も事務的な会話(かな?)、顔も見ずに家を出ることもある。今は少し体調を心配する声のかけ方をするようになった(当然でしょ!)。
     物忘れがひどくなったH美さん、入院でますます混乱。少しの時間でも毎日病院へ行く。ずっと喋っている。うん、うん、と聞いて話して、またねと病院を出る。仕事だけど、そうしたい。やっぱり好きなんだろうね。
     夫は自家菜園で、ホウレンソウ・小松菜・大根葉・ネギ等を収穫してきて、野菜で一品を作ってくれる。おいしい!体と心に栄養満点。そう、気持ちが休まる。夫も、かな?

  • #11

    前田あけみ (木曜日, 03 9月 2015 14:29)

     1W夏休みをいただき、ベトナムに行ってきました。ベトナムのお話はまた追々と。それより大変申し訳のない誤報を!前回ご利用者様の戦争体験談を掲載させていただきましたが、94歳T氏の赴任地をマダガスカルとしましたが、ガダルカナル島の間違いでした。ソロモン諸島ガダルカナル島の戦いは1942.8.7~連合軍の勝利。大日本帝国の兵力36000、戦死者は22000と大変な戦いだった。片や連合軍は60000、戦死者は6800、それでも大変な数の犠牲者があったんだ。ー機械も何もない、人海戦術でやっと完成した飛行場、連合軍が上陸したらすぐ占領されてしまった。とT氏の話から。大変な数の戦死者、残った人も少ないけど、帰国できたのはもっと少ない。T氏の話を今のうちに聞いておかないと…

  • #10

    前田あけみ (水曜日, 19 8月 2015 20:18)

    今年の8月15日で戦後70年を迎えた。連日新聞やテレビで、戦争関連のニュースや番組が数多く報道されている。先の戦争で生きて戻れた人の殆どがもう90歳を超える。
    8月6日に始まった大会創設100年を迎えた第97回全国高校野球選手権大会で選手宣誓をした鳥羽(京都)の梅谷成悟主将、「…次の100年を担う者として、8月6日の意味を深く胸に刻み…」と宣誓した。でも、―広島に原爆が投下された日は?→昭和20年8月6日と正確に答えられた人は全国で30%だという!これが現実ということか。歴史認識をしっかりと、次の100年を担う人らに伝えねばと思う。

    お盆が過ぎるともう空気が違う、まだまだ暑いけど…、空も高くなっている。甲子園球場のアキアカネ(赤トンボ)はいいけど、戦闘機も赤トンボと呼ばれた。

    ≪ご利用者さんの戦争体験談≫

    ★ 90歳を超えるI氏。陸軍の航空隊に志願した。18歳だったという。赤く塗られた複葉機(だから赤トンボ)で練習したのかな?―海軍に入りたかったけどね。2000人いたけど、トップやった、旋回が得意だった。―あんたを乗せてあげたいねえ。そんなI氏よく尻餅をつく。仰向けだから起きあがれない。-おかしいなあ、僕は柔道?段なんだけどなあ。
    ★ この8月で94歳になったT氏。赴任地はマダガスカル。沢山の仲間が死んだ、殆ど死んだ。戦後、戦友の骨を拾った。彼らは千鳥ヶ淵にねむっている。靖国では?―千鳥ヶ淵だよ!耳が聞こえにくいからゆっくり話をし、聞く。―生きたかったと思うよ。僕はみんなの命をもらっているから責任がある。T氏、残された時間は少ない、心して聞きたい。
    ★ 女学生だったS子さん、京都から伊丹の三菱電機へ勤労動員。-電波兵器を作っていたんよ。電波兵器って?-飛行機のレーダーみたい。図面通りに仕上げ、はんだ付けする。京大工学部の学生がテストするの、電波兵器の箱ごとガタガタいわして(飛行機だからこんなもんじゃないと)はんだが外れたらやり直し。今から思ったらあんなん役にたってたんやろか。友達はだから戦争に負けたんよと言ってた。そう思うわ。近くの大きな民家に爆弾が落ちた、跡形何にもなかった。逃げ惑う人に機銃掃射で容赦なく撃ち、まるで映画のように見ていた。怖くなかった。仲間がいたからやろね。

  • #9

    管理者A (日曜日, 16 8月 2015 19:41)

    お盆過ぎると一年も半ば過ぎた感じですね
    前田さん始め、スタッフの皆さまお変わりございませんでしょうか。今年の夏は暑かった!
    仕事場では熱風で体がおかしくなりそうでした。
    一昨々日あたりからかな、少しずつ気温が下がってきたような気がします。
    ちなみに、今年自宅でエアコンつけたのは5回。山裾のマンションなのでけっこう涼しく過ごせています。雨のときはひどい湿気ですが。

  • #8

    前田あけみ (木曜日, 09 7月 2015 04:24)

    Ctrlキーを押しながら-キーでしたね。教えてくれていたんだ。

  • #7

    前田あけみ (木曜日, 09 7月 2015 04:18)

    拡大レベルのカスタムで0%にしたら、写真画面がいっぱい、きれいですね。ありがとう!
    今、高齢者住宅の夜勤中。
    サポートさんのI.Mさんが8日の夜9時頃、他のバイト中に膝を強打して半月板部分を痛めた、すごく腫れてきたと電話があった。今日2件の仕事が入っているので、キャンセルの電話だったが、「病院に行かなきゃ」と私。吹田の彼女は『済生会南千里は救急外来受け付けていないし、他を知らない』
    「箕面市立病院は?友紘会は?」『どちらも気が進まない』「救急車呼び!」『えーっ!』「救急で受け付けてくれる病院を聞く!救急車がいやならタクシーで行ってもいい!」
    1:20 メールがあり、南千里の済生会病院に入院したとのこと。半月板が割れていて手術が必要、歩けないので入院。手術日は未定…。
    夜勤だが仮眠できるのにもう眠れない…。今日の2件の仕事、午前中のケースは私が行けるが、1件は断ろう…。有料老人ホームだから何とかしてくれる。95歳のTさん、ごめんなさい。I.Mさんが折る折り紙(これがみごとで、有料老人ホームから折り紙教室の依頼があった位)でTさんの部屋は満艦飾!しばらく彼女は休みますが折り紙がきっとTさんを慰めてくれるよね。
    夜勤が明けたら仕事!仕事!仕事!!(この夜勤もスタッフの母上が亡くなられたため、交代した、それも2日連続)
    メールで今晩も夜勤です、とパパさんに。無理しないでと返信あり→メールはいいねえ。電話だと、ええーっ!?って一言言っただろうし、先ず無理しないでとは口では言わんだろう、九州男子のパパ!
    もう4時が過ぎた。5時には朝食作りで仕事開始。眠れないけど横になろう。

  • #6

    管理人A (火曜日, 07 7月 2015 19:33)

    バックをリニューアルしました。
    ザ・箕面って感じになっているでしょ(^^)/
    実は、背景がとってもきれいに見れるページがあるんです。
    見つけてみてくだされば幸いです。

    エンジェルさん、書き込みありがとうございます!
    本当に、みのスタの活動は奥深いんです。
    ヘルパーとしての目線でプロとして、また一人の人間として
    必要なかたに、必要な時に「寄り添う」
    なかなかできません。頭が下がります。

    ここだけの話しですが、なんやかんや言いながら…
    パパさんにも優しいんですよ ね、前田さん(笑)

  • #5

    エンジェル (火曜日, 07 7月 2015 14:45)

    とてもためになる記事を拝見させて頂いて、ありがとうございました。
    奥深い活動に頭が下がります。
    今後のご活躍を期待しております。
    些細なことでも助けて頂けたら、とても気持ちが楽になります!!

  • #4

    前田あけみ (土曜日, 27 6月 2015 03:38)

    吹田市にある国立循環器病センターの救急外来の待合室にいる。6月27日(土)午前1:48 。w氏から電話があったのが0:16 。胸が押さえつけられるように苦しい。心筋梗塞か!?高齢で高血圧他かなりの薬の服薬がある。ニトロを舌下してもらったが、まだ
    しんどいと。血圧133/110だが、脈が120と速い。救急車呼べる?緊急通報で聞いて見ようかとW氏。そうよ、そうして。車で向かうからね。出かける準備をしていると、T子さんのケアマネから、転倒されたんです!鍵を持って来て下さい!(0:36)→T子さんは右麻痺で移動は車椅子。W氏は救急車の手配を緊急通報でお願いしている。電話もかかってきた(0:44)ので、先にT子さん宅に向かう。先に来られていたケアマネさんと一緒に入る。トイレ前で倒れているT子さん、頭がベッドの下に入りこんでいる。引っ張り出し、起こすと大丈夫ということで、全介助で車椅子へ(車椅子のストッパーがかかっていない)。後はケアマネさんにお願いしてW氏宅へ。救急車が到着していて、国立循環器へ搬送ということ。緊通の書類にサイン、外出ボタンを押してもらい、終了。緊通を押したらここまでしてくれた、ありがたかった。国立循環器もすぐ受け入れてくれ、ラッキーだった。当直医K・礼音氏からの説明では、心房細動。狭心症や心筋梗塞が隠れているかも知れないので、入院で様子をみるとのこと。というわけで今はCCUににいる(3:35)。

  • #3

    前田あけみ (火曜日, 02 6月 2015 23:07)

     サービスを終え、バイクでマンションから車道に出ようと走行中の車が走り去ってすぐ車道に右折で進入、何とその前の車がすぐ右折して住宅に入ろうと減速したため、私は急ブレーキをかけたが、後部右バンパーにぶつかってしまった。急に右折するなんて!と思ったが、私も車間距離を取っていなかったなあ。少しバイクの袴部分で足首を打撲したが、たいしたことがなく、時間がないと言われ、お互い住所を教えてその場を後にした。人を轢いていたら、私が転倒していたらと思うとゾーッ。気をつけよー。まだ少し痛む…。

  • #2

    前田あけみ (火曜日, 12 5月 2015 20:38)

    つつじの満開(ピンクや白の平戸つつじがきれいでした)でやっと春?ではなく、初夏です!
    箕面の滝道、一の橋を渡り、2つ目の橋(梅屋敷を通り過ぎると連続して二つの橋が架かっています。S字状に屈曲している川をバイパスする近道に架けられた橋で、夫婦橋と呼ばれています)を渡ってすぐの休憩所がある辺り、「躑躅原」と書いてありますが、何て読む…?いつも滝道を一緒に歩くKさん(ご利用者)に聞くと「つつじ」と(またひとつかしこくなりました(*^_^*))。今は背が高くなったかえでが多い…、どうやら山の木々に陽を遮られ、つつじは殆ど姿を消してしまったようです。山肌にへばりつくように咲く濃いピンク(平戸つつじより小花)のつつじを見つけることができますが、躑躅原というほどの数ではありません。滝道を歩かれたら、躑躅原、見つけて下さい。

    ≪サービスの現場から≫
    ◎滝道を一緒に歩くKさんのこと…調子のいいときは山本珈琲まで歩いて、そこでお茶して帰ってくる。そんな散歩同行のサービス。最初は体を支えないと足がツツーっとすすんでしまうし、人の流れも関係なく歩かれるので、とても気遣いの多い同行サービスでした。6月で丸2年。今はご自分でバランスを取り(膝はくの字に曲がっているけど…)、休み休みだが殆ど山本珈琲まで歩かれる。この四月、新しいヘルパーのFさんと交代でき、私の滝道散歩も終了?いえいえ、私はKさんとFさんを追い越し、滝まで行ってきました。
     

  • #1

    前田あけみ (日曜日, 19 4月 2015 21:20)

    毎年当たり前のように花見を楽しみにしてきた。でも今年は雨、雨…で満開の桜を青空のもとで見ることが出来なかった。4月に入って日照時間が記録的な少なさで推移しているという→4/1~4/15の日照時間の合計は32.9時間で、4月の過去最少(97.7時間、1964年)の3分の1ほど。農作物への影響が大とか。季節感がなくなっている野菜や果物、でも季節の物はなるべくその時期にいただきたいですね。玉ネギ・ジャガイモ・えんどう・ソラマメ・キャベツ・苺…。お日様、どうか照ってください!

    ≪サポーター(ヘルパー)さんのこと≫
     みのおステーションの事業は、殆どが自費ヘルパーの派遣事業で成り立っています。ヘルパー派遣の担い手サポーターさんの確保が難しいと事あるごとに呟いて来ていますが、今回はその大切なサポーターさんのこと。
    ✾✾✾サポーターNさんとの出会い✾✾✾
     まだ介護保険のヘルパーだった頃、Nさんのお母様(くも膜下出血で左麻痺、体重がある方だったので、ベッド⇔車いすへの移乗はリフト使用だった)のケアを担当していた。お父様も脳梗塞で軽い失語と右麻痺の後遺症があった。お二人暮らしが無理になって、Nさんの近くに引っ越されてから、洗濯をはじめ、室内の整理、食事など、お二人の生活を支えて来られた。Nさんの妹さんはヘルパー登録を某事業所でされて、ご両親のケアをプロとして支えられた。お母様のわがままを時に声を荒げるお父様ではあったが、お二人に会えるのが楽しみで大好きな派遣だった(ケアは少し体重があったから…